彼はとてもやさしい人でした。彼は、体に似ずとてもナイーブで人の悲しみがわかる人でした。彼は、巨体に似ず私に遠慮しながら食事をする人でした。遠慮しながらも結構食べていたんですが(笑)
彼は、身長176cm、体重115kでした。
だから、彼の愛車のミニバイクが、とてもかわいそうでした。それでも、小さなバイクに跨っている彼がすごくおかしくてかわいくて、ステキでした。その姿をみているだけで、ほんわかと心が温かくなりました。
彼が座ると、彼の胴の周りには、浮き袋みたいに肉がたるんでいて、私たち友人は、その浮き袋の肉を手でつかんでは、ふざけて遊んでいました。とても触り心地がよかったんです。
私たち、仲間は、太っている彼がとても好きでした。
彼はマッサージ師で健康センターで働いていたのです。日給月給制で、歩合制でした。だから、心身ともに重労働だったのです。
仲間の中では、彼が一番頭がよかったのです。だから、マッサージ師になると言った時にはみなで一応に驚いたものでした。でも、彼は、確かに、人が喜んでくれることをすることがとても好きな人間でしたが・・・。だからって、マッサージ師なんてと、みんなで断固反対したものでした。でも、彼は、結局はマッサージ師になりました。そして、その性格どおり、少しの妥協もしないで一生懸命お客さんのコリをほぐしていました。真面目だったんです。手抜きができなかったんです。そのうちに、彼自身が体調を悪くしていたのですねえ。
私たちが気づかないうちに病魔は彼を蝕み始めていたのです。
肥満特有の生活習慣成人病です。高脂血症、糖尿病、高血圧などです。
仲間で、たまに会う時などは、一応の注意はしていましたが・・
彼からの連絡が突然途絶えました。誰が連絡しても彼が携帯電話に出ることはありませんでした。それでも、仲間は、個々におかしいとは思っていたのですが、それについて詳しく話し合うことはありませんでした。そういうことは仲間内では多々あったことだったのですから。
まさか、その時には、すでに彼が意識不明で病院にいるとはかんがえも及ばなかったことでした。
私たちが見舞いに行った2日後に彼は意識不明のまま息を引き取りました。
君に逢いたい・・
もし君が痩せていたら
もし私がお金を持っていたら
あん人は、えろうたくましか人やったと。
旦那の暴力言葉にも耐え、子供の非行にも前向きに対処しよらした。
自分は、本ばいっぱい読みよらした。
あん人は、よう言いよった。
「本は、うちのストレス解消たい。本ば読んどう時だけは、現実から逃避できるけんね」と。
「うちは、案外、気にせん人間やーけんね、悪う言うぎ"変人"たい。良う言うぎ"楽天家"
かねえ。そいに、本は古本買うぎ、安かけんねえ」
と、あん人は、照れくさそうに言いよらした。
あん人の子供は、警察に何べんも捕まいよんさった。その度にあん人は、警察に足を運びよらした。
あん人は、うちにだけは、いろいろ話してくんしゃった。
「子供があがんなったとは、父親のせいかもしれんね。そして、うちのせいでもあーさ。父親が情緒不安定なとこあって、よう切れんさあもんね。だけん、うちが、いつもかばいよった。そいが、子供ば傷つけたとやろうね。ばってん、絶対、立ち直おさ。あん子は、めちゃくちゃやさしかけんね」
その言葉通り、数年後、あん人の子供は、見事に立ち直ったとよ。
大学にも行かるっごとなった。そいも、うちは、あん人の子供ば想う気持ちが強かったからだと想うとる。
あん人は、子供に勉強ば教えよんしゃった。毎日毎日、テスト問題ば作んよっしゃった。
大学受験の問題ばよ・・・すごかと思わん?
あん人は、大学出じゃなか。頭は良かったらしかけど、4人兄弟の2番目で女やったけん、他の3人が大学行かるっごと、遠慮しよらした。昔は、田舎から東京の大学に行くとはきつかったもんね。あん人の親父さんは大酒のみで、仕事はしとらしたけど、ほとんどあん人の母親の内職で暮らしとらした。
ばってん、あん人は愚痴ひとつこぼさんで、東京の会社に就職したとよ。
そいで、結婚したばってん、やっぱ、一緒になった旦那も酒飲みやつた。酒飲みだけじゃのーして、超自分勝手な旦那たい。
そいでも、あん人は、なーも言わんやった。
ばってん、後になって聞いたところによると、あん人は、子供が高校でたら離婚すつもりやったらしか。
ばってん、すごかと思わん?
あん人の旦那、人が変わったみたいにやさしうなったとよ。あん人の勝利たいね。
あん人みとると、真心は人間を変えることができるんだと思うよ。
そがん強かあん人の悩みはひとつやった。
お金がないということ。
あん人は、子供にためになることをひとつもしてやれんやったと、悲しい顔をして言わした。
あん人は、もっと、子供にいろいろなことしてあげたかったと、辛い顔して言いよらした。
あん人の子供は、今、大学行きながら役者目指しとる。そして、今では、ちょい役だけど、1か月に2〜3回はテレビに出とらす。うちも、たまーに見ることのああ。
その子供の歯のことを気にしとらした。
「歯の矯正をしてあげたかった」と、あん人の最後の言葉やった。
あん人は、絶対贅沢せん人やった。
あん人の旦那は、趣味の多い人やつた。酒もよー飲みよらした。その上、貯金魔だった。あん人には、自由になる金はなかったとよ。旦那は、悪か人じゃなかった。だけど、すべて机上計算で、自分の勝手で家計の計算をして、天引きで貯金をしよらした。
あん人が、子供のためにいろいろとしていたことは、うちも知っとう。
いつだったか、携帯電話代がすごくて、旦那に言えないんだとこぼしていた。旦那に言うと、子供がかわいそうだからだと言う。
うちには、そがんことは考えられん。うちの旦那は、子供のためなら、自分の小遣い減らしてもっていうタイプだから。。。あん人の旦那は、うちの旦那とは正反対やった。
うちだったら、絶対離婚しとったね。
この頃、よう考ゆっと。
もし、あん人が、親か誰かからの遺産でもあってお金持ちやったら、あがん頑張らんで、もっとのんびりと過ごしよんさったやろか。
そいとも、頑張んさる人だったから、お金があっても変わらんやったとやろか。
うちには、後者だとは、どうしても思えん。あん人の人生は絶対前者で、お金があったら、学校にも行っとらしたろうし、あん人は、絵がめちゃくちゃ上手だったから、個展でも開いていたんじゃなかろうか。
お金は、そがん多くはいらん。
ばってん、その人の生き方を変えなくていいくらいには持っていた方がよかに決まっとう。
もし、稼げる機会があるなら、稼いだ方がよかに決まっとる。
あん人だって、昔、言ってた。
「旦那が夜勤の多い人じゃなかったら、働けるのに。うちで家族に迷惑かけないで仕事できることってないんだよねえ」と。
あの頃は、まだ、パソコンもなかったし、あったとしても企業で使うくらいが精一杯の時代やった。と、いっても15年くらい前の話たい。
あん人が逝ってしもうたとは、
ついこの頃だから・・・・・・・
・・・・・悔しいよ。ほんなごと、悔しかよ・・・・・
あん人は強くたくましか人やった・・・ばってん
私の友達に捧げる・・・私の思い