突然、あなたの気配を感じて振り向きます
突然、あなたの声が聞こえたようで
つい、あなたの姿を探してしまいます

あなたは、大きいからすぐに
わかるはずなのに・・・
でも
あなたがどんなに大きくても
どんなに小さくても、
さがす必要はないのはわかっている
わかっているのに
それを認めたくないもう一人の私が
探してしまう

もう あなたは
ここにはいないのに・・・

あなたが
ここにいるはずないのに・・・・


なぜ、
あなたは、そんなに急いで
空に上って行かなければいけなかったのですか

なぜ、
あなたは、私たちをおいて
静寂の地に行かなければいけなかったのですか


あなたほど
一生懸命に生きて
優しい心を持っていた人は、他にはいません。

それなのに
なぜ
あなたは、そんなに急がなければ
いけなかったのですか

すごく憤りを感じます
すごく悲しいです
すごく寂しいです

戻ってきてほしいです

彼はとてもやさしい人でした。彼は、体に似ずとてもナイーブで人の悲しみがわかる人でした。彼は、巨体に似ず私に遠慮しながら食事をする人でした。遠慮しながらも結構食べていたんですが(笑)
彼は、身長176cm、体重115kでした。
だから、彼の愛車のミニバイクが、とてもかわいそうでした。それでも、小さなバイクに跨っている彼がすごくおかしくてかわいくて、ステキでした。その姿をみているだけで、ほんわかと心が温かくなりました。
彼が座ると、彼の胴の周りには、浮き袋みたいに肉がたるんでいて、私たち友人は、その浮き袋の肉を手でつかんでは、ふざけて遊んでいました。とても触り心地がよかったんです。
私たち、仲間は、太っている彼がとても好きでした。

彼はマッサージ師で健康センターで働いていたのです。日給月給制で、歩合制でした。だから、心身ともに重労働だったのです。
仲間の中では、彼が一番頭がよかったのです。だから、マッサージ師になると言った時にはみなで一応に驚いたものでした。でも、彼は、確かに、人が喜んでくれることをすることがとても好きな人間でしたが・・・。だからって、マッサージ師なんてと、みんなで断固反対したものでした。でも、彼は、結局はマッサージ師になりました。そして、その性格どおり、少しの妥協もしないで一生懸命お客さんのコリをほぐしていました。真面目だったんです。手抜きができなかったんです。そのうちに、彼自身が体調を悪くしていたのですねえ。
私たちが気づかないうちに病魔は彼を蝕み始めていたのです。
肥満特有の生活習慣成人病です。高脂血症、糖尿病、高血圧などです。
仲間で、たまに会う時などは、一応の注意はしていましたが
・・
彼からの連絡が突然途絶えました。
誰が連絡しても彼が携帯電話に出ることはありませんでした。それでも、仲間は、個々におかしいとは思っていたのですが、それについて詳しく話し合うことはありませんでした。そういうことは仲間内では多々あったことだったのですから。
まさか、その時には、すでに彼が意識不明で病院にいるとはかんがえも及ばなかったことでした。

私たちが見舞いに行った2日後に彼は意識不明のまま息を引き取りました。

私は楽天家で大雑把で
辛いことも悲しいことも笑って乗り越えていく人間だから
強い人間なのだと思う。明るい人間なのだと思う
しかし・・・しかし・・・
悲しいことに
人間性と経済力は比例しないということを
私は知っている
彼もそうだった
私の大好きな彼女もそうだ

時々、私は思う。
もっとお金がほしい・・・と
そう願うことは、いけないことなのだろうか

あの時、
私にもっと経済力があれば
彼を助けてあげられたかもしれない
彼は、
貧乏だったから
大学にも行かず、簡単に働きながら資格のとれるマッサージ師の道を選んだのだった
そんなことを、ずうっと後になって聞いたような気がする
彼が蜘蛛膜下出血で倒れたのは、私たちが知らされるひと月も前だったらしい
彼の母親は、彼が倒れても病院には連れていかなかったのだという

彼の近所のおばさんたちが葬式もそっちのけでこそこそと話していた
「見る見る記憶をなくしていったのよねえ」
「階段も下りれないくらいふらふらだったのよ」
「あっという間に普通じゃなくなって」

私は、怒りで言葉が出てこなかった
・・・そんなことって、あるのだろうか!
   母親が子供を病院に連れていかないなんてことあるんだろうか!

彼の葬式には私たち仲間とそのおばさんたち以外誰も出席していなかった
寂しい葬式だった
忘れられたような町の路地の奥にあるお寺で、ひっそりと彼の葬式は行われた
まるで彼という人間が生きていてはいけなかったのだと云わんばかりの冷たい雰囲気だった

彼は重かったから
仲間の男たちが葬儀屋さんの手伝いをして棺を運んだ

仲間の男たちは、
「もう少し痩せろよな」と、棺に向かって話しかけていた

私は、
その横で歯をくいしばっていた

葬儀の帰りに
仲間に近所のおばさんたちの話を聞かせた
すると
仲間の一人が言った

「たぶん、病院に払う金のこと心配したんじゃないかな」
「そんな馬鹿なことって、あるはずないじやん! 自分の子供だよ」
「おまえは、本当の貧乏を知らないんだよ」
「おまえは、それだけ幸せだったってことだよ」
「・・・・」


もし、それが本当だったら
なんて悲しいことなのだろう
なんて辛いことなんだろう

彼は、母親のために一日も休まず日銭を稼いでいた
彼は、自分の義理の兄の借金を返すために自分の古い車も売った・・・たいした金額にもならないのに
彼は、家族の為だけに働いていた

なのに
この結果・・・・

こんな悲しいことがあっていいのだろうかと思う

私に
もう少しの甲斐性があったら
私に
もう少しの蓄えがあったら
彼に貸して上げられるだけのお金を私が持っていたら、現在は変えられていただろうか

彼は借りなかったかもしれない
でも、もしかしたら借りたかもしれない

私が
もっと早くに痩せることを強く勧めていたら
彼は
まだ生きていたかもしれない・・・・・

君に逢いたい・・

もし君が痩せていたら

もし私がお金を持っていたら

あん人は、えろうたくましか人やったと。
旦那の暴力言葉にも耐え、子供の非行にも前向きに対処しよらした。
自分は、本ばいっぱい読みよらした。
あん人は、よう言いよった。
「本は、うちのストレス解消たい。本ば読んどう時だけは、現実から逃避できるけんね」と。
「うちは、案外、気にせん人間やーけんね、悪う言うぎ"変人"たい。良う言うぎ"楽天家"
かねえ。そいに、本は古本買うぎ、安かけんねえ」
と、あん人は、照れくさそうに言いよらした。

あん人の子供は、警察に何べんも捕まいよんさった。その度にあん人は、警察に足を運びよらした。
あん人は、うちにだけは、いろいろ話してくんしゃった。
「子供があがんなったとは、父親のせいかもしれんね。そして、うちのせいでもあーさ。父親が情緒不安定なとこあって、よう切れんさあもんね。だけん、うちが、いつもかばいよった。そいが、子供ば傷つけたとやろうね。ばってん、絶対、立ち直おさ。あん子は、めちゃくちゃやさしかけんね」

その言葉通り、数年後、あん人の子供は、見事に立ち直ったとよ。
大学にも行かるっごとなった。そいも、うちは、あん人の子供ば想う気持ちが強かったからだと想うとる。
あん人は、子供に勉強ば教えよんしゃった。毎日毎日、テスト問題ば作んよっしゃった。
大学受験の問題ばよ・・・すごかと思わん?
あん人は、大学出じゃなか。頭は良かったらしかけど、4人兄弟の2番目で女やったけん、他の3人が大学行かるっごと、遠慮しよらした。昔は、田舎から東京の大学に行くとはきつかったもんね。あん人の親父さんは大酒のみで、仕事はしとらしたけど、ほとんどあん人の母親の内職で暮らしとらした。
ばってん、あん人は愚痴ひとつこぼさんで、東京の会社に就職したとよ。
そいで、結婚したばってん、やっぱ、一緒になった旦那も酒飲みやつた。酒飲みだけじゃのーして、超自分勝手な旦那たい。
そいでも、あん人は、なーも言わんやった。
ばってん、後になって聞いたところによると、あん人は、子供が高校でたら離婚すつもりやったらしか。

ばってん、すごかと思わん?
あん人の旦那、人が変わったみたいにやさしうなったとよ。あん人の勝利たいね。
あん人みとると、真心は人間を変えることができるんだと思うよ。

そがん強かあん人の悩みはひとつやった。
お金がないということ。
あん人は、子供にためになることをひとつもしてやれんやったと、悲しい顔をして言わした。
あん人は、もっと、子供にいろいろなことしてあげたかったと、辛い顔して言いよらした。

あん人の子供は、今、大学行きながら役者目指しとる。そして、今では、ちょい役だけど、1か月に2〜3回はテレビに出とらす。うちも、たまーに見ることのああ。
その子供の歯のことを気にしとらした。
「歯の矯正をしてあげたかった」と、あん人の最後の言葉やった。

あん人は、絶対贅沢せん人やった。
あん人の旦那は、趣味の多い人やつた。酒もよー飲みよらした。その上、貯金魔だった。あん人には、自由になる金はなかったとよ。旦那は、悪か人じゃなかった。だけど、すべて机上計算で、自分の勝手で家計の計算をして、天引きで貯金をしよらした。

あん人が、子供のためにいろいろとしていたことは、うちも知っとう。
いつだったか、携帯電話代がすごくて、旦那に言えないんだとこぼしていた。旦那に言うと、子供がかわいそうだからだと言う。


うちには、そがんことは考えられん。うちの旦那は、子供のためなら、自分の小遣い減らしてもっていうタイプだから。。。あん人の旦那は、うちの旦那とは正反対やった。
うちだったら、絶対離婚しとったね。

この頃、よう考ゆっと。
もし、あん人が、親か誰かからの遺産でもあってお金持ちやったら、あがん頑張らんで、もっとのんびりと過ごしよんさったやろか。
そいとも、頑張んさる人だったから、お金があっても変わらんやったとやろか。

うちには、後者だとは、どうしても思えん。あん人の人生は絶対前者で、お金があったら、学校にも行っとらしたろうし、あん人は、絵がめちゃくちゃ上手だったから、個展でも開いていたんじゃなかろうか。

お金は、そがん多くはいらん。
ばってん、その人の生き方を変えなくていいくらいには持っていた方がよかに決まっとう。
もし、稼げる機会があるなら、稼いだ方がよかに決まっとる。
あん人だって、昔、言ってた。
「旦那が夜勤の多い人じゃなかったら、働けるのに。うちで家族に迷惑かけないで仕事できることってないんだよねえ」と。

あの頃は、まだ、パソコンもなかったし、あったとしても企業で使うくらいが精一杯の時代やった。と、いっても15年くらい前の話たい。


あん人が逝ってしもうたとは、
ついこの頃だから・・・・・・・
                 ・・・・・悔しいよ。ほんなごと、悔しかよ・・・・・

あん人は強くたくましか人やった・・・ばってん

私の友達に捧げる・・・私の思い

詩TOPの部屋

TOPへ