「君に恋して」
僕は 彼女に恋をした
彼女は 僕の真下にいてつぶやいた
「なんてきれいな桜なの・・・」
僕は、そんな彼女に恋をした
でも
僕は そろそろ彼女とお別れだ
やっと 愛する人にめぐり合えたというのに
せっかく 数百年かけて 愛する女性にめぐり合えたというのに
でも 仕方がないんだ
僕たちは 暑い夏は地下の奥底で息を潜め
寒い冬には 地下のさらにその下で
春のために栄養を補給しなければいけないんだ
そうしないと 僕たちは死んでしまう
僕は 次の日から
はらはらと花びらを落とし始めた
彼女が 瞳を潤ませて言った
「また 逝ってしまうのね」
僕は 覚悟を決めた
僕は 全身に力をみなぎらせて 息を抑え
花びらを落とすのを止めた
回りの数百年来の友人たちが 口を揃えて言う
「そんなにしてまで人間に尽くそうとするなんて、馬鹿な奴だ」
「俺たちの仲間のどれだけの数が人間に殺されたか知っているはずだぞ」
「私たちは きれいな花吹雪を作って 潔く春を終わりにすることが
仕事なのよ」
「僕たちは 春を彩るだけの道具なんだよ」
「そのうち 彼女だって来なくなるさ」
だけど
僕は みんなの忠告を無視した
今の僕は 彼女に喜んでほしいし
彼女に いつまでも僕を見ていて欲しかった
だから
僕は 花びらを落とすのを止めた
僕は
そのままの姿勢で 息を最低限に留め
大地から いつもの何十倍の栄養を一気に吸い上げて
花びらを 僕に貼り付けた
そのうち
回りのみんなは
花びらをすべて落としきり
生き生きとした緑の葉を芽吹かせた
でも
僕は まだ 花びらをまとっている
多くの人間たちが 僕を観に来ている
ピカピカとカメラのシャッターの音が あたりに響き渡る
その後方で
彼女が じっと 僕を見ていた
友人たちの話し声が聞こえなくなった
友人たちは 地下の奥深くに入り込んで眠りについたのだ
熱いじりじりとした陽差しに 負けるものかと
僕は 歯を食いしばって さらに体に力を入れた
友人たちは
地面の中で目を閉じ 息を潜め 地中深く根を伸ばしていることだろう
地面下は ひんやりとして気持ちがいいだろうな
でも
今の僕は 地上で神経を尖らせて 目を開いている
・・・つらい
・・・苦しい
でも 彼女が見ているから・・・
そのうちに
人々は 僕に見向きもしなくなった
あれほど 賑やかだった僕の周りは ひっそりと静かになった
「やっぱり 桜は春じゃなくっちゃ」
「こんな暑い日に 桜じゃ 嫌になるよな」
「暑っ苦しいたら ありゃしない」
だけど
彼女は 今でもじっと僕を見ていてくれる
熱い陽差しが 翳り始めた
時折 冷たい風が空から吹き付ける
「じゃまだ、どけどけ」と、言わんばかりの勢いで
風が 僕を揺らす
僕は ずうっと全身の力を使い続けているから
風のいたずらには 負けてしまうかもしれないと思い初めていた
そして
昨日 彼女は来なかった
そして
今日もまた 彼女は来ない
明日は きっと来てくれる
彼女に見て欲しい
僕を忘れないで欲しい・・と、僕は心の底から願う
一日・・・
二日・・・三日・・・彼女は来ない
僕を見かねたカラスが言った
「あの女の人間なら 道を変えたよ。あっちの道を使い始めたよ」
カラスは いつも意地悪だったから
僕は 本気になんかするものか
でも なんだか 急に力が抜けて
花びらが 一瞬にして散り始めた
僕の体から 離れて落ちた花びらは風に舞うでなく
人の心を誘うでもなく
それは・・・醜い落ち方だった・・・
朝 僕の下で 人々が騒いでいた
「掃除するのが大変だわ」
「やっと 元の桜に戻ったか」
「いい加減、目障りで嫌になっていたのよね」
・・・・
僕は
もう何も聞こえない
僕は
もう一滴の力も残っていない
僕は
たぶん 枯れてしまうだろう
僕は
ひっそりと 静かに 地上から意識を消した
地面下はひんやりとして心地よかった
僕は
目を閉じて
友人たちに さよなら と告げた
でも
幸せだった
僕は 恋したのだから
僕は 命がけで 彼女に恋したのだから
春・・・
僕の意識が戻ってきた
友人の声が聞こえる
「ゆっくり休んでいるんだよ。僕たちが 君に力を与えてあげるから」
「この春が過ぎたら また 栄養分けてあげるから」
「そうさ、何百年も 生きてきたんだ。一年くらい休んだからって
罰はあたらないさ」
友人たちは 今の春に向かって
地上へと息吹く用意をしている
僕は もう少し のんびりさせてもらおうと目を閉じた
ありがとう・・・僕の友人たち