
第一話
海の王様は、お相撲さんのようです。
王様は、海の中に住む魔物や、獣を退治しなければいけないのですから、大きな体じゃないといけないのです。
でも、お相撲さんのように背が高くありません。足も、とっても短いのです。そのくせ。おなかだけは大きくて前に突き出しています。
海の魚たちは、王様のことを"ずんぐり王様""むっくり王様"と呼んでいます。
でも 王様は、怒りません。いつも笑顔で、海の中を歩き回っているのです。短い足で、よっこらしょと、掛け声をかけながら水の中を歩きます。
王様の頭上で泳ぎまわっていた、いわしや、あじや、さばたちが、話しかけます。
「そんな足どりじゃ、いつになっても海の中は見終わらないですよ。僕たちが連れて行ってあげましょうか?」
「でも、この足でゆっくり歩いた方が、いろんなものがよく見えるんだよ」
王様は、そう言って、みんなに手を振り歩き続けます。
みんなは、思います。「水の中を歩くなんて、王様の気持ちがわからないよ」と。
王様は、歌い始めました。
王様が歌うと、小さな泡が口からいっぱい出てきます。王様の回りは泡だらけです。
泡だらけの王様は、乙姫様の竜宮城のそばを歩いています。
竜宮城に住む魚たちは、みんなとてもきれいです。竜宮城の乙姫様ときたら、それはそれはとても美しくて、世界で一番の美しさじゃないかと思うほどです。
だから、竜宮城の魚たちは、海の女神が乙姫様だとしたら、海の王様はステキじゃなければいけないと思っていました。けれど、目の前を歩いている王様は、太っていて足は短くて、おまけに泡だらけ。
魚たちは、嫌な顔をして王様を眺めています。
王様は、竜宮城の魚たちに、笑顔で話しかけます。
「みなさん、いつもきれいですね。乙姫様もあいかわらず美しいんだろうね。でも、お城の中にばかりとじこもっていたら病気にになってしまうよ。たまには、外に出て新しい水に当たらなきゃ」
魚たちは、不機嫌に微笑みます。
そしてまた王様は、楽しそうに歌を歌いながら歩き始めました。
「なんて、不恰好な王様・・なさけないわ」
「もっと王様らしく、堂々としていてものだわ」
「乙姫様にふさわしいように、もっと痩せて欲しいものだわ」
「ほら、海にはあちこちに魔物が住んでいるわ。今はまだ眠っているけど・・彼らが目覚めたら今の王様が戦えると思う?」
「あんな体じゃ無理よ」
魚たちは、あいかわらず、王様の悪口を言い続けていました。
ある日のこと、乙姫様のところに、南の海の人魚から手紙が届きました。
その手紙には、南の海の悪魔が目覚めて、いじめられています。と、書かれていました。
乙姫様は、驚いて、そばにいた魚に、その手紙を王様に届けるように言いました。
頼まれた魚は「あの王様に何ができるというのだろう」と、思いながらしぶしぶ王様のお城へと出かけました。
魚は、王様のお城に着きました。
でも、お城の門には誰もいません。
「竜宮城だったら、きれいな魚が、きれいな挨拶してくれるのに、なんてお行儀の悪いお城なんでしょう」
魚は、あたりを見回しました。誰もいないので、お城に入っていいのかどうかわかりません。
その時、
「よく来たね。そのままお入りなさい」と、いう大きな声が聞こえたのです。その大きな声は、まるで、お城がしゃべりかけているように、聞こえました。
魚は、どこに話しかけていいのかわかりませんでしたが、お城にむかって話しかけました。
「乙姫様から、手紙を預かってまいりました。読んでいただきたいのですが」
「さて、それは、珍しいことだ」
また、お城がしゃべっているように聞こえます。
魚は、どうしたらいいのかと、うつむきながら、持っていた手紙をもじもじといじっていました。
すると、いつのまにか、王様が目の前にいて、
「さて、その手紙をみせてください」と、魚に言いました。
魚は、目の前の王様にびっくりして目をパチクリしています。
王様は、魚の手から手紙を受け取りました。
手紙を読んでいた王様の顔が、きびしい顔になっていきました。
いつものゆっくりとした笑顔ではありません。丸い眉が尖った眉に変わります。丸い鼻が三角のきつい鼻になりました。いつも泡だらけの半開きになった唇が、きっと結ばれて一直線になりました。
みるみる変わっていく王様の顔を、その魚は、驚きながら見つめていました。
そして、あっというまに、王様は光よりも早く、南の方に向かって飛んでいったのです。
慌てて竜宮城にもどったその魚は、王様の様子を事細かに話し始めました。
でも、他の魚たちは本気にしません。
「きっと、見間違えたのよ。水の流れが突然王様を襲ったのよ」
「水の嵐の中では、歪んで見えることあるから」
「王様は、いつも変なの。今、始まったことじゃないわ」
すると、魚たちの話を聞いていた乙姫様が言いました。
「みんな、今まで、王様の何を見ていたの?あんなに、賢くて強い王様は、どこを探してもいませんよ。彼は、誰かが困っていると、世界の果てでも助けに行ってくれる王様なんですよ」
みんな、びっくりしていました。
「近くにいすぎるから、あなたたちには、王様のすごさがわからないのね」
乙姫様は、そう言って、ハンカチを胸元からお出しになつて、そっと目元をお拭きになられました。
手紙を届けた魚が、おそるおそる乙姫様に聞きました。
「王様の体は、お城なんですか?」
乙姫様は、潤んだ瞳で言いました。
「いいえ、あのお城とは比べ物にならないほど大きいのですよ」と。
第二話
南の海の悪魔を退治して、お城に戻った王様は眠りにつきました。よけど疲れていたのか、南の海の悪魔の魔法なのか、そのどちらかはわかりませんが、王様の眠りはとても長い眠りです。もう10年が過ぎてしまいました。
ある日のこと、突然、王様は目を覚ましました。
やっと目を覚ました王様をいやな匂いが襲います。
王様は、短い鼻をつまみました。そして、家来のイカをを大きな声で呼びました。
王様は、家来に聞きました。
「これは、なんの匂いだ」
「海の底に黒い塊ができていて、それが、気持ち悪い匂いを出しているのです」
家来は、顔をあげません。うつむいたまま話しています。王様は、家来の顔を覗き込みました。そして、驚きました。
家来の顔は、腫れ上がっていて目がつぶれかかっています。
王様は、慌てて、海の病院に家来を連れて行きましたが、病院には、もっとひどい怪我をした魚たちが大勢運びこまれていたのです。
病院の先生は言いました。
「たくさんの魚が死んでいきました。そしてまだ、たくさんの魚たちが病気で苦しんでいます」
王様は、お城にもどると、家来たちを呼んで、どうして起こしてくれなかったのかと、ひどく怒りました。家来たちは、言いました。
「何度も起こしました。けど、王様は目覚めてくれませんでした」と。
南の海の悪魔の眠り毒が自分を襲っていたことを、王様は、その時知ったのです。
南の海の悪魔は、すぐに退治することができたのです。でも、その前に悪魔の回りを漂っていた黒い煙を吸ってしまっていたのです。
王様には、あの黒い煙がなんだったのか、いまだにわかりません。
でも、あの煙が海中に撒き散らされたら、海の生物は全部眠り込んでしまう。と、王様は思いました。
「おそろしいことだ・・・」
王様は、慌てて竜宮城へ出かけていきました。家来の誰に聞いても乙姫様のことを知っているものはいなかったのです。
竜宮城は、とても静かでした。
あちらこちらで、にぎやかにおしゃべりしていた魚たちの姿が見えません。
王様は、大声を出しました。すると、一匹の魚がひらひらと出てきました。
王様は、言いました。
「乙姫様は、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶです。でも、元気がないんです」
魚は、竜宮城の一番奥のつきあたりの小さな扉を開けました。
「早く、お入りください」
王様が、大きな体を扉の中に押し込むとすぐに、魚は扉を閉めました。
「おい、君は入らないのかい?」
扉の向こうの魚が答えます。
「私の体は、病気に置かされているんです。乙姫様にうつりますから」
王様は、言いました。
「すまん。いつまでも私が寝ていたから」
「どうぞ、乙姫様を守ってあげてください」
扉の向こうの魚の声は、泣いているようでした。
部屋の隅の台に乙姫様が横たわっていました。
王様は、乙姫様のそばに駆け寄りました。
「あなた一人だけに、辛い思いをさせてしまいましたね。でも、もうだいじょうぶですよ。私が、この病を退治してみんなを助けてあげますからね」
乙姫様は、元気のない顔で微笑みました。
「ありがとう、王様。でも、王様」と、乙姫様は、丸い窓を指差しました。
丸い窓の外では、黒い塊が泳いでいるではありませんか。今にも、この部屋に遅いかかってきそうです。
「襲ってはきません。ただ、そこにかしこでその塊は揺らいでいるだけなのです」
乙姫様は、恐怖の目で窓の外を見ながら話します。
「始めは、海の上から落ちてきた小さな塊でした。でも、少しずつ大きくなって。ただ、それだけなんです。でも、その塊が出す匂いが私たちを病気にするんです。勇敢な若者たちが戦いを挑みました。でも、戦う前に倒れてしまうのです。私は、ここにいて、その様子をじっとみつめていたんです。何もできないで、ただ、じっと」
乙姫様の目から涙がこぼれました。
「なんということだ! これは地上から落ちてきた悪魔だったのか!」
王様は、うめくようにつぶやきました。
地上の生物は地上に返さなければいけません。地上の生物を海の中で殺してはいけないのです。
王様は、大声で叫び始めました。その声は、海の中のすべてがその振動で壊れてしまうのではないかと思えるくらいに大きな声でした。
王様の声は、大きな渦を引き起こしました。大きな渦は、海底の山を壊し、海底の土を巻き上げていきました。黒い塊もくだけ粉々になりながら渦と共に海上へと巻き上げられていきました。その渦は、海の表面に津波を引き起こし、小さな島を飲み込み大きな島を荒らしていきました。
それから、どれくらいの間、海は荒れ続けていたのでしようか。静かになった時には、海の底の姿はすっかり変わっていました。
また、静かな海が戻ってきました。
王様は、乙姫様に言いました。
「あなたが、病気になっていなくて、ほんとによかった。私は、これから、陸の王様と空の王様に会って、これからのことを相談してきます。きっと、昔のように澄みやすい国が戻ってきますよ」
「そうなってほしいです、王様」
王様は、やさしくうなづくと、あっというまに、海の上へと泳ぎ去っていきました。