
姉さまは、いつもとてきれいに踊る。今日もまた姉さまは、雪んこの前で細い足で粉雪の上を軽やかに飛び跳ね踊っている。
そしてたまに、ほんとにたまに地上に降りれば、悲しい人間を連れて戻ってくる。
姉さまが歌いだした。
雪風のように凛とした声・・・・雪んこは、うっとりと耳を澄ませた。
雪んこやーい、雪んこやーい
私しゃ、冷たい雪んこです
されど私しゃ 恋いしたい
千年万年・・・
・・・・・・
雪雲の上で 身を乗り出して聞いていた雪んこは、つぶやいた
「私だって、踊れるわ。私だって、歌えるわ」
ある日、雪んこは姉さまの目を盗んで地上めがけて飛び降りた。
まだまだ粉雪の上を飛び跳ねるのは、ぎこちなかったけれど、なんとか人間の家の屋根までたどり着いた。
その家はわらぶき屋根で、部屋からの灯りが、あちらこちらから漏れていた。
すきまから家の中を覗くと、背中が丸くなったおばあさんと、男の子がいた。
二人は、なにやら話し込んでいた。
雪んこは 耳を澄ました。
「ほんとはな、雪はえろう熱いんじゃよ」と、おばあさんが言った。
「そんなことあるわけねえよ」
「うんにゃ、雪はな、わしらの身も心もぜーんぶ溶かしてしまうんじゃ。だから、雪の中で眠るもんは、みな、幸せそうな顔をしとるんじゃ」
男の子の顔が 醜く歪んだ。
雪んこは、その顔をみて咄嗟に目をそらした。
「ほんとに寒くないだか?」
「雪んこが温かい衣で 覆ってくれるが」
男の子は、ふーんと、皺になった鼻を鳴らして相槌を打つ。
「父ちゃんは、いつ帰ってくるんかのう。もう雪が降り始めたから、もう来ないかなあ」
「だな、春になるだべ」
「そう言って 去年も来んかった・・その前も・・・」
男の子の顔がまた歪んだ。
「父ちゃんは、俺と会いたくないんだべ」
「んなことあるわけない」
「俺が 母ちゃん殺したようなもんだから・・・・俺の顔がこんなんだから・・・父ちゃんはもう帰ってはこん」
「そげなことあるわけないじゃろ」
「あの時、俺が山に行かなければ、母ちゃんは死なないですんだ」
「もう 止めろって。いまさら、済んだこというてもどうしようもない」
「ばあちゃんも そう思ってるだ。汚い顔を持ってる俺なんかより 母ちゃんが生きていた方がいいと思ってるが」
おばあさんのしわがれた目が大きく見開かれた。
「誰もそんなことは思うとるわけない。もう言うな。きんた、自分が惨めになるだけじゃ」
きんたは、それっきり黙り込んだ。
雪んこは、2年前の冬、姉さまが人間の女を連れてきた時のことを思い出していた。
人間の女は、とてもきれいな顔をしていたけれど、目の下には濃い隈ができていて、とても疲れているようだった。
雪んこが、珍しそうに人間の女を見ていると
姉さまが言った。
「とてもかわいそうだったわ。この人間は、雪の中で震えていたの。今にも体が凍ってしまいそうだったわ。だから、暖かくしてあげたのよ」
あの時の人間の子供だったのだ、と、目の前でゆがめた顔で辛そうに黙り込んでいるきんたを雪んこはじっくりと見つめていた。・・・ずいぶん、顔の作りが違うけど・・・
「俺、母ちゃんのそばに行きたいんだ。もう生きていたくなんねえ」
きんたが、突然、わめいた。
「そんなこと言うんじゃねえ。母ちゃんが空の上で泣いとるぞ」
「そんなことねえ、母ちゃんは、俺のことかわいそうだと思うてるはずだ。俺のこの顔でどうやったら生きていけるのかって、心配でしようがないに決まってるだ」
おばあさんは、悲しい目で きんたをじっと見つめていた。
「なんか言ってくれよ、ばあちやん。それとも、俺が言ったことが事実だから、なんも言えないんか?」
「・・・」
雪んこは 歌いだした。
雪んこ やーい、雪んこやーい
私しゃ、冷たい雪んこでーす
されど私しゃ 愛したい・・・・・
・・・・
雪んこの歌声は 家の中にいるおばあさんを眠らせた。
きんたが ぼんやりとうつろな瞳のまま戸を開けた。
きんたが 雪んこの目の前にいた。
雪んこは、姉さまの真似をして、粉雪の上を軽やかに舞った。
・・・ほら、私にだって できるわ・・・
雪んこは 有頂天になっていた。
きんたは、雪んこの踊っている下で丸くなって座り込んだ。きんたの顔は、幸せそうだった。
・・・・あったかくしてあげる。気持ちよくさせてあげる・・・・
雪んこは、一生懸命歌って踊った。
しかし
もう少しで きんたが眠りにつくと思った時、家の中で眠っていたはずのおばあさんが、勢いよく徒をけた。
「きんた、何をしとるだ!」
あまりに大きな声だったので、雪んこは びっくりして 粉雪の上から地面にまっさかさまに落ちた。
とたんに きんたは、ぶるぶる震えだして「寒い 寒い」と、つぶやき始めた。
・・・失敗した・・・私は、きんたを幸せにしてはあげられなかつた。
雪んこは、長いため息をついた。長いため息は、積もっている雪を吹き上げた。吹き上げられた雪は小さな雪嵐となって、きんたとおばあさんを包み込んだ。
゜雪んこだな。悪いんだけど、きんたは おまえにはやらないぞ。わしの大切な孫じゃ。連れていくんなら、わしを連れて行け」
おばあさんは、雪嵐を睨み付けていた。
雪んこは、縮み上がった。
・・・ばあさんには、私の姿はみえてないのよ・・だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・・
雪んこは、必死に自分に言い聞かせていた。
「聞いとるか、雪んこ。今度、きんたを連れて行こうとするときは、わしが、おまえをつぶしてやるがな」
雪んこは、がっくりと方を落として白い地面にしゃがみこんだ。
その横を おばあさんは、きんたを大事に抱きかかえて歩き去った。
その時、ばかねえ、という姉さまの声が聞こえてきた。
「あの子は連れていけないの。まだまだ甘いわね。そんなことだから、いつまでたっても、あんたは雪の精にはなれないのよ」
「どうして? きんたは死にたいって言ったんだよ。生きているのが辛いって、言ったんだよ。だから、私は、幸せにしてあげたかったのに」
雪んこは、そう言うと泣き出した。
姉さまは、そんな雪んこを抱きしめた。
「私が連れてくる人間は、すごく心が寒くて、生きていられない人間ばかりよ。だから、温かくしてあげられる。でもねあの子の心は、あのばあさまと空の上に入る母さまの想いで守られているのよ」
雪んこの目から流れた涙が、きらきらと光輝いて氷の破片となって地面に落ちていく。
「それに、あなたはまだまだ歌も踊りも下手だわ。私ぐらいに上手にならなくっちゃ」
姉さまは、そう言って、また踊りだした。
軽やかに華やかに細くて白い足で 雪の間を縫いながら、粉雪を蹴っていく。
姉さまの蹴った粉雪は、花吹雪のように舞いながら地上に向かって降り続く。
雪んこも 粉雪をピョンピョン飛び跳ねて姉さまの後を追うが、
雪んこの蹴った雪は氷の塊になって、まっさかさまに落ちていく。
きんたを囲炉裏の前に座らせて、窓の外をながめていたばあさんがひとり言を言った。
「今晩の雪は、ほんに珍しい雪じゃが。雹と雪がかわるがわるに落ちてきよるが。これも、雪んこのせいかえ? それにしてもほんに不思議な雪の降る晩じゃて」
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雪は えろう熱いんじゃと、ばあちゃんは孫の金太に言った。
「わしらの身も心も全部溶かしてしまうんじゃ。おまえみたいに雪に向かって死にたいなんて言うたら、すぐに雪んこに魅入られてしまうが」
金太は、頬を波打たせて聞いていた。真剣に考え事をすると、金太の頬は、異様に歪んだ。
「でも、ばあちやん、俺なんか誰のためにも生きられねえよ。それに、誰も俺のことなんか心配もしてない。こんな俺、生きていたってどうにもなんないよ。それに」
そう言って、金太はうつむいた。
ばあちゃんは、そんな金太を不憫に思っていた。慰める言葉ももう尽きてしまって、ばあちゃんは、黙っていた。
いつもの沈黙に耐え切れなくなって、
金太は立ち上がった。
「俺、少し滑ってくる」
「どこで滑るんか?」
「隠れ山の方にでも言ってくるさ」
隠れ山には、スキー客は来ない。
そのことを二人は、よく知っていた。
ばあちゃんは、何か言いたげだったが、眉間に皺を寄せて顔を曇らせただけだった。
外に出て、金太は、大きな息を空に向かって吐きかけた。白い息は、どんよりとした空気の中に消えた。
・・・こんな重い空気の時は、すぐに雪が降るんだ・・・・
金太は、ひとり言を言いながら歩き始めた。
しばらくすると大粒の雪が降り始めた。
が、不思議なことに、大粒の雪のくせに、きめが細かくさらりとしているように感じられた。
金太は、妙な気持ちで、その雪を手のひらですくってみた。
手のひらの雪は、すぐにきらきらと光る水に姿を変えた。しかし、金太の肩に積もった雪はなかなか溶けなかった。
その頃、
奇妙な音のする雪の気配に外を覗いていたばあちゃんが、大声で金太を呼んだ。
ばあちゃんの目には、金太の姿は見えていた。そして、金太にも、ばあちゃんの肥えは聞こえているはずだった。
しかし、
金太は振り向かない。
ばあちゃんは、金太の姿に息を飲んだ。
雪が、金太を包んでいた。
ばあちゃんは、地面にひざをつき手を合わせて祈り始めた。
「返してくれ。孫を返してくれ・・・」
金太は、雪に包まれて、不思議な歌が聞こえたような気がした。しかし、耳を澄ませてもなかなか聞き取れない。
そんな時、ばあちゃんの引きつった声が聞こえてきて、金太は、慌てて振り返った。
地面にひざまづいて手を合わせているばあちゃんが見えた。
金太は、急いで引き返した。
「どうしたんだ? 具合が悪くなったのか」
「よかっただ。ほんとに良かった。おまえが戻ってきてくれて・・ほんとに良かった」
ばあちゃんは、金太に手を合わせながらそう言った。
「大げさだなあ、ばあちゃんは。俺は、死にたいとは言うたけど、死にはせん。ばあちやん一人残しては死ねん」
ばあちやんは、しわくちゃの顔で嬉しそうに笑った。
その夜、金太とばあちゃんは、掘りごたつに入っていた。
ばあちゃんは、金太のセーターを夢中になって編んでいる。その横で金太は、寝転がって写りの悪いテレビを見ていたが、妙に耳の辺りが騒がしくなってきて飛び起きた。
「どうした?」
ばあちゃんが、驚いて聞いた。
「いや・・・なんでもない」
そして、また金太は寝転がった。
しばらくすると、また、耳元で誰かがささやく。目を閉じて澄ますと、それはとても懐かしい歌声のようでもあった。
・・・・雪んこやーい・・雪んこやーい・・・・
そんな歌詞が聞き分けられた。
金太は、耳元で流れる歌にあわせて口ずさみ始めた。
・・・雪んこやーい 雪んこやーい
私しゃ 冷たい雪んこです
されど私しゃ 恋いしたい・・・・
「また聞き取れなくなっちまった・・・なっ、ばあちゃん、この歌知ってるか?」
ばあちゃんが、蒼白な顔で金太をじっと見ている。
「ばあちゃん? どした?」
ばあちゃんは、小さな肩を震わせ始めた。
「ばあちゃん、具合が悪いのか? 明日、村の医者さんとこに行くか?」
ばあちやんは、首を横に振った。
「ばあちゃん? そんなに具合が悪いのか。今日は早く寝た方がええ。ほら、俺が布団しいてあげるから」
「いや、わしは、起きてる。絶対寝ない」
ばあちやんは、歯をガチガチ鳴らしながら言った。
「おまえが雪んこに連れていかれないように、見張ってるだ」
金太は、驚いて言った。
「なに変なことばっかり言ってるんだ。そんなことあるわけねえ」
「さっき、おまえが歌った歌は、雪んこの歌だ」
「歌?」
「そうさ、あの歌だ。ありゃ、雪んこの歌だ。雪んこしか知らねえはずだ」
「・・・」
「だから、わしは、お前の傍にいる」
金太は笑い出した。
「ばあちゃんだって、知ってるじゃないか」
「わしは、じいちゃんに聞いたから知ってる。じいちゃんが死ぬ前の日に歌ってた」
「・・・そんなの偶然だよ」
ばあちゃんは、頑固でいつまでも金太の傍から離れようとはしなかった。
金太は、つぶやいた。
「ばあちやん、ありがとう」
金太が恥ずかしそうに微笑みながら言った。金太の頬がまた歪んだ。まるで怒っているような歪んだ顔だった。
これが金太の笑った顔かと、ばあちゃんは思った。不憫な子だと、ばあちゃんは、今にも涙が出そうになるのを必死にこらえていた。
「わしは、いつも おまえの傍におる。どこまでも おまえの傍におるから」
「俺も、ばあちゃんの傍にいてあげるよ。そして、ばあちゃんを守ってあげるさ」
二人は、また それぞれの姿勢に戻って 金太はテレビを、ばあちゃんは編み物を始めた。
しばらくして金太の寝息が聞こえてきて、ばあちゃんは胸をなでおろした。
こたつは、いよいよ暖かくなり、足元はポカポカと心地よい。ばあちやんも うつらうつらと眠り始めていた。
金太は大丈夫だと、夢うつつにばあちゃんは、思っていた。
そして、ふと、夢の中で耳を澄ますと、哀しげな歌が聞こえてくる。
・・・・雪んこやーい 雪んこやーい
私しゃ 冷たい雪んこです
されど 私しゃ 恋いしたい
千年万年 生きたとて
燃えることさえ できぬ雪んこです
恋しい人にあったとて
いとしい人にあったとて
誰が 喜ぶものでしょうか
私しゃ・・・
ばあちゃんは、一気に目を覚ました。
横で眠っていたはずの金太の姿がない。
ばあちゃんは、慌てて雨戸をあけた。
家の前の大きな木の幹で、金太は丸くなって眠っていた。
歪んで怒る鬼のようだった金太の顔が、楽しげで柔らかく、微笑んでいた。
ばあちやんは、泣いた。
「よかったなぁ、金太。病気が治って・・・」
ばあちゃんは、上着も羽織らず、金太のそばにやってきて、金太の顔をしきりになでていた。
「わしも連れて行ってくれろ。金太は料理がすごく下手でな、わしが作ってあげにゃ、腹をすかしてかわいそうだが」
ばあちゃんは、金太のそばに座り込んだ。
「ああ、ほんに、雪は温かいがな。なあ、金太。いい気持ちだ・・・」
雪は、その二人をやさしく包むかのように、しんしんと、いつまでも降り続いていた。
雪は、ばあちゃんの家を雪でいっぱいにしてもまだ降り続いていた。
makoの詩の部屋・ファンタジー
1話・雪んこ
2話・しんしんと
このへージの作成2006/3/10
